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友人宅で餅つき。昨年の同じ日にも誘ってもらった。嬉しい限り。

思えば、あのひとに最後に会ったのがここだった。

その後、そのひとは5月に亡くなった。 自分は、そのひとが大 嫌いだった。餅つきの際にも少し嫌なことがあり、もう二度と口きくか、そう思った。

そしたら亡くなった。

亡くなったらアルバムが出たり、トリビュート盤が出たりする。その人のことは好きではなかったけど、そのひとやメンバーがどんな気持ちでバンドを続けていたのか、自分なりに理解はできる。あのひとは自分が死んでから評価されたいと思っていたのだろうか。なぜ生きている間に評価できなかったのか。なぜ死んだらこうも全てがきれい事になるのだろう。

生きるって事は混沌の中で生臭い血の匂いをほんの少し嗅ぐってことだ。そしてそれは生きている間にしか経験出来ないことだ。

だから自分はセシル・テイラーの意味不明なような演奏に生を感じるし、リストカットをする人が血を見るとホッとするっていうのは、普段は感じることは出来ない、見たくない、見ちゃいけない、隠されているもの、汚いとされているものの中に生があるってことなんだろう。そして、終わってしまえば全ては物語になってしまう。物語になるってことはある意味、美化されるってことでもある。アホか。